2020.08.28

デザイン

マジでかっこいい!憧れ先輩デザイナー特集

先輩とは偉大な存在

皆さんには「先輩」はいますか?(いきなり何言ってるの?って感じですが)

僕は人生のいろんなタイミングで先輩方にお世話になってきたので、少しエピソードを紹介させて頂ければと思います。

学生時代、デザインについて専門的に学んできたわけでもないのに、僕は「デザインやりたい!」と右も左もわからず騒いでいました。そんな中、OBの先輩が「お前はなにもわからないだろうから力を貸してやる。その代わり、お前も自分より若い子たちの面倒をみるんだぞ」と忙しさの合間を縫って、僕に仕事を取ってきてくれたり、厳しくアドバイスをしてくれました。しかも無償です。その上、たまに会えばご飯も奢ってくれました。今自分がこのようにお仕事をさせていただいていることを考えると、本当に返しきれない恩があります。

何が言いたいかというと、先輩という存在は本当に偉大なのです。身近な先輩はもちろんですが、そういう人がたまたま側にいてくれることは稀です。でも安心してください。実際に会えなくても、書籍やメディアに登場する著名な先輩方からも学ぶことができます。

そんなこんなで、今回は自分が影響を受けた偉大なデザイナーの先輩たちをご紹介させていただければと思います。

手かげた商品はもちろんですが、何より先輩方の考え方や姿勢が素晴らしいのです。

1人目の偉大な先輩「佐藤卓」

プロフィール

1955年東京生まれ、1979年東京芸術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発から始まり、「ロッテ・ミントガムシリーズ」「ロッテ・キシリトールガム」「大正製薬・ゼナ」「明治おいしい牛乳」等の商品デザインを手掛けるほか、「BS朝日」「金沢21世紀美術館」等のVIデザイン、NHK教育「にほんごであそぼ」の企画メンバー及びアートディレクション、大量生産品をデザインの視点で解剖する「デザインの解剖」プロジェクトなどを手掛ける

佐藤卓プロフィール ギンザ・グラフィック・ギャラリー

佐藤卓さんは、プロフェッショナルの中でも取り上げられていた「デザインしすぎない」という視点が印象深いです。

「明治おいしい牛乳」という商品がありますが、パッケージの仕上げ段階で、0.1mm単位で文字の配置を調整していると、ある時点で“デザインが消える場所”が見つかることがあるんです。その瞬間は、まさに「きたーっ!」という感じですね。デザインの奥にある物の真価を人に繋ぐことができる場所、そこにデザインの存在は必要ありません。

あるとき、バーで知り合った初対面の方に自分の仕事を説明することになりまして、その「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインを例に挙げたんです。するとその方が、「あれのどこがデザインなんですか?」とおっしゃったんですよ。そんな風に言われたら腹を立てるデザイナーもいるかもしれませんが、僕にとっては、これ以上うれしい言葉はなかった。ああ、あのパッケージは、牛乳という商品の中へこの方をお連れすることができたんだ、お繋ぎできたんだって。今でも忘れられない出来事ですね。

気付かれないデザインこそ、デザイン。佐藤卓さん(グラフィックデザイナー) | VISUAL SHIFT|ビジュアルシフト

職域を超えてグイグイ提案していく

佐藤卓さんといえば、先程の「明治おいしい牛乳」をはじめ、誰もが知っているロングヒット商品が多いです。佐藤卓さんが手掛けた調味料が僕の家にもありました。調べるともっと詳しいエピソードがあったりするので、興味のある方はぜひ。

自分が一番影響を受けたのは「プロフェッショナル 仕事の流儀」の中で紹介されていたコロッケ屋さんのディスプレイを手がけられたときのエピソード。

メニューに「カニクリームコロッケ」や亜種的なものはあるのに「単なるコロッケがない!」ということに気づいた佐藤卓さんが「”コロッケ”メニューにいれましょう」と提案をされた時です。
もはや受託のお仕事やデザイナーの職域を超えて、もっと良くなると思ったことはどんどん突っ込んで提案していく。かっこいいなぁ〜と思いました。「ああこれだ、こういうデザイナーになりたい」と、次の日から僕の仕事に臨む姿勢を変えてくれた大好きなエピソードです。

特に僕たちみたいな事業会社のデザイナー(インハウスデザイナー)は、受託関係ではなく自社サービスのクリエイティブを担っているので、この姿勢は非常に大切だと考えています。サービスオーナーではなく制作担当ですが、依頼を受けた仕事というスタンスは忘れ、自分がそのサービスを世の中に展開していくぐらいの温度感で制作に向き合わねば、インハウスで制作をしている楽しさって味わえないですよね。

2人目の偉大な先輩「原研哉」

プロフィール

1958年生まれ。グラフィックデザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。
世界各地を巡回し、広く影響を与えた「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」「SENSEWARE」「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。また、長野オリンピックの開・閉会式プログラムや、愛知万博のプロモーションでは、深く日本文化に根ざしたデザインを実践した。
2002年より無印良品のアートディレクター。活動領域は極めて広いが、透明度を志向する仕事で、松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTOなどのVIを手がける

原研哉 – 日本デザインコミッティー

偉大な先輩だって苦労している

原研哉さんも言わずと知れた超有名デザイナーですよね。アートディレクションを担当された無印良品が大好きで、僕の家はモデルハウスみたいになっています笑

情報が増えすぎて何を選んで良いかが難しいこの現代社会において、「無印でいい」(妥協という意味ではない)と社会に打ち出されたブランドコンセプトがすごく的を得ていると感じます。

著書「ポスターを盗んでください」が好きです。若いときの苦労や活動が掲載されているエッセイ集です。

特に好きなのがとても有名なデザイナーさんと一緒に仕事をしたときの話。ちょっと怖かったそうです笑

僕も怖いなぁと思う人と仕事をすることはあるのですが、こんなすごい方でも、ごくあたり前にというか、そういった思いや苦労をされながらデザインの仕事と向き合ってきたのか、というのが印象的でした。恐れはいだきながらも、がんばって体当たりしていこうと思いました。

3人目の偉大な先輩「佐藤可士和」

プロフィール

1965年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。株式会社博報堂を経て2000年独立。同年クリエイティブスタジオ「サムライ」設立。ブランドアーキテクトとして、ユニクロや楽天グループのグローバルブランド戦略、キリンラガービールのパッケージデザインとコミュニケーション戦略、セブン-イレブンジャパンのプライベートブランドリニューアルなど数々のプロジェクトを手掛けている。20万部超のベストセラー『佐藤可士和の超整理術』はじめ、『佐藤可士和のクリエイティブシンキング』絵本『しょうちゃんとちきゅうくん〜ずっといっしょにいたいね』ほか著書多数。毎日デザイン賞、東京ADC賞グランプリほか受賞多数。慶応義塾大学特別招聘教授、多摩美術大学客員教授。

佐藤可士和|六本木未来会議 -デザインとアートと人をつなぐ街に

徹底的に検証する

佐藤可士和さんの好きなエピソードは、これまた「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されていたKIRIN LEMONのラベルデザインのお仕事。ものすごい数のプロトタイプデザインを作成し、「これはこうで、こっちはこうじゃない」みたいに検証と議論を繰り返されていた姿が印象的でした。

新卒1年目の時に「デザインに迷ってしまう」というのを先輩に相談したことがあります。
その時に言われたのが「全部作ってみたら?」という回答でした。

佐藤可士和さんのエピソードを見た時に「こういうことか!」と腹落ちしましたね。それから思いつく限り作って見比べる、は僕の必殺ノウハウになりました笑

4人目の偉大な先輩「深澤直人」

プロフィール

1956年山梨県生まれ。1980年多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業。1989年渡米しデザインコンサルティング会社IDEO(サンフランシスコ)で8年勤務後帰国、IDEO東京支社を設立。2003年に独立しNaoto Fukasawa Design設立。「MUJI」CDプレーヤー、「±0」加湿器、「au/KDDI」INFOBAR、neonはN.Y.MOMA永久収蔵品に。B&B ITALIA、Driade、Magis、Artemide、Danese、Boffi、Vitraをはじめ、ドイツ、北欧など国内外の大手メーカーとのプロダクトを進行中。iF金賞(ドイツ)、red dot design award、D&AD賞(英国)、IDEA(米国)、毎日デザイン賞、Gマーク金賞、第5回織部賞など受賞歴は50を超える。2005年JasperMorrisonとともに「SuperNormal」を設立。無印良品のデザインアドバイザリーボード。21_21 DESIGN SIGHTのディレクター。2007年Vitra Editionに参加。武蔵野美術大学教授、多摩美術大学客員教授。2010-2011年度グッドデザイン賞審査委員長

深澤直人 – 日本デザインコミッティー

複数提案はしない

その昔「プロフェッショナル 仕事の流儀」の特別編みたいなやつで、深澤直人さんが紹介されていました。印象に残っているのがデザインを1案しか作らないという話ですね。
判子のデザインをされた時の話だったと思うのですが、「なんで皆そんなに何案も作るのかわからない」「これが良いっていう1個だけでいいでしょ」みたいに仰っていて、著名なデザイナーさんでも複数案作られる人が多い中で、このひとはやっぱり何か違うな、きっとなにか確信的なものを持っているんだろうと思ったのを覚えています。

あとは有名な傘立ての話ですね。深澤直人さんといえば、日常の無意識的な行為の中からデザインを発見する視点がとてもおもしろいです。玄関の床のタイルにくぼみがあれば、傘立てがなくても、そこに人は傘をたてるでしょ?みたいな

ドナルド・ノーマンの「誰のためのデザイン?」のアフォーダンスの議論に親しいものを感じますね。

5人目の偉大な先輩「藤田重信」

プロフィール

1957年福岡県生まれ。筑陽学園高校デザイン科卒。1975年、写真植字機の株式会社写研文字デザイン部門に入社、1998年、フォントワークス株式会社に入社し筑紫書体ほか数多くの書体開発をする。

「筑紫オールド明朝」「筑紫丸ゴシック」で2010東京TDC賞を受賞。BOOKデザイナー、グラフィックデザイナー必達書体となる。最新の書体、筑紫アンティークシリーズは伝統的な明朝体・ゴシック体に新しい息吹を加えたデザインで、見る者に新鮮な感覚をあたえ、筑紫書体の支持をさらに高めている。

2016年、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演。また 「フォントワークスUDフォント」がIAUDアウォード2016 銀賞を受賞。著書に「文字のデザイン・書体のフシギ」。

「筑紫オールドゴシック-B」「筑紫アンティークゴシック-B」「筑紫アンティーク明朝-L」「筑紫Q明朝-L」「筑紫Aヴィンテージ明朝-R」「筑紫Bヴィンテージ明朝-R」で【東京TDC賞2018 タイプデザイン賞】を受賞。

藤田 重信 | Fontworks

批判を跳ね除けるすごいこだわり

有名な筑紫書体を作られた方ですね。藤田重信さんは、いきなり書体づくりを始めるのではなく、途中でキャリアチェンジされて書体デザイナーになった方です。人はいつからでも、どこからでもチャレンジができるんだな、と改めて気づかせていただきました。

大好きなエピソードがあって、開発したユニークな形の書体を、他の有名書体を作られた方に見せにいった時に、「の」の文字か何かを「どうしてこんな形にしちゃうの」と怒られて、
その場を後にしてから「僕はこの”の”大好き。絶対変えない」と仰っていた話です。

「じゃあ見せなければいいじゃないですか!」と思わずツッコミたくなってしまいましたが、
でもそれぐらいの強いこだわりで作られてるんだなぁ〜と

普段からお世話になっている筑紫書体はこんな熱量で作られてたのかぁと、ほえ〜となりました。

先輩たちの偉大さは伝わりましたか?

こういった先輩たちの活躍を見ると、日本のクリエイティブ、特にこれからは20代・30代といった若い世代が先輩たちの後に続いて社会に発信していかないと、と感じることがあります。

このGMO INTERNET MIYAZAKI CREATORS BLOGも、規模は小さいですが読んでいただいている宮崎の方々や県外の方々にGMOインターネットのクリエイティブから何か日々役立つものを発信できたらという思いでスタートしています。

先輩方にはまだまだ及ばないものの、社会に良い影響を作り出してこそクリエイターと思うので、引き続き見守っていただければ幸いです!

この記事を書いた人

ブーノ

デザイナー

長野18年→横浜6年→東京3年→宮崎3年。アニメとゲームとスマート家電が趣味です。日本に名前を残す最高のクリエイターを目指しています。