2022.12.15

働き方

「リーダー」って実際どんな感じ? 実体験から語ります!

リーダー?

当社には「リーダー」という役職がありまして、宮崎赴任時代に私ブーノも拝命しました。

今回はその大任を拝してから現在までの記録をまとめましたので、みなさまがキャリアを考える一助になれば幸いです。

何するの?

社内的には「事業・業務の推進」みたいな役割を担います。対して「マネージャー」は「人財マネジメント」を担っており、リーダーとマネージャーでチームや業務の「攻め」と「守り」をイメージして頂くとわかりやすいと思います。

同じリーダーでも、部署や職種、環境によってやることは変わってきますので、大枠の定義としてご理解下さい。

クリエイティブ業務のリーダーになるので、アウトプットの質や量を高めたり、それができる組織作り(採用・評価・仕組み)をしたり、というのが主な使命になります。

プロローグ

今から5年ほど前、28歳か29歳ぐらいの時と思います。

宮崎オフィスでもマーケティング・クリエイティブ・販売管理・カスタマーサポートと、各業務セクションの立ち上げが続々と進み、規模拡大を図ろうとしていた時期でした。

そのような中、上司より「リーダーやらない?」と言われまして「お役に立てるのであれば是非」と即答いたしました。

振り返ると、宮崎オフィスも10数名の規模から100名超の組織に成長するにあたり、各セクションの組織化を計る必要が生まれ、たまたま私がご抜擢頂いたものと解釈しています。

ちなみに現状もそうですが、役職を持つことそのものにあまり関心がありません。ネガティブなわけではなく「必要に応じて動ける人ができることを最大限」の感覚で部門も職種も関係なく色々やらせて頂いてきたので、役割を持つことでクリエイティブチームや宮崎オフィスの成長に繋がるのであれば是非!という考えでした。

あんまりかわらない?

なってみて「これまでとあまり変わらないかも」というのが、初期の感覚でした。

元からチームの立ち上げで宮崎に来させて頂いてたので採用・育成・仕組みづくり等、立ち居振る舞いにそこまで変化が無くともあまり問題なかったのもあります。

ただ「最初の」と前置きしている以上続きがあるのですが、組織が大きくなるのと比例するように「リーダーとして…」という事象が増えてきました。

宮崎クリエイティブチームのフロント対応

当然ですが、チーム内/外・社外も含め、クリエイティブ関連で何かあれば、相談事が私に集約されるようになりました。

  • 作って欲しい
  • 撮影したい
  • イベントで話してほしい
  • 外部の方と食事をセットしてほしい
  • 企画ので予算案を考えてほしい

など、既存の業務範囲を超えて、書ききれない程多様なご相談を頂くようになりました。

また、宮崎クリエイティブチームは、東京と同じ制作業務をしている為連携していますが、それ以外の独自イベント・業務は単独で動くことが多いです。

そういった現場では、課題に対してスピーディに「判断」することが求められます。

今までは上司に「これどうしたら良いですか?」と相談&受命ベースで動くことが多かったですがそれでは到底追いつかないため、自然と重要なもの含め自分で決めていくようになりました。

やってみての気付き

考えること、決めることを全て上司に丸投げしていた

自己裁量で物事を決め責任を負うことで、調べ考える姿勢が変わり、苦労の質も変わるため、結果的に活きた経験と学びになると気付きました

クリエイティブ職域はとても狭かった

事業・採用・コーポレート等、多様な制作の前段部分・企画の策定等に関わることで、自分たちが作ってるモノの理解の甘さ、ウォータフォールの末端を担ってるだけのところで考えが閉じていることに気付きました

メンバーの採用・育成・評価

何度か他の記事でご紹介させて頂いているので短めにしますが、採用ルートを作るところからスタートし、独り立ちできるまでフォローアップをするのも大きな仕事でした。

未経験から一人前に業務ができるようになるまでには時間がかかるため、相応の覚悟とパワーを使います。フィードバックや説明がうまく伝わらなかったり自覚を持てない場合には、厳しめのコミュニケーションも時には必要で、それがハレーションを産むリスクもあります。

当社の目標達成10カ条には「ほめる」「叱る」をバランス良くできて、初めてリーダーであると定義されています。

「ほめる」はできても「叱る」ができない方は一定居ます。特に未経験のメンバーに対して、一度も注意をせずに育成にあたるのはかなり難しいです。

良いものは良い、悪いものは悪いとハッキリ伝えるようにしていたので、当初は「こわい」「言い方がキツイ」とかも言われ「だったら人や環境に頼らず一人で出来るようになってくれ」と悩んだりもしていましたが・・

結局、私から何も言われなかったとしても、例えばわかりやすいものだと「スケジュールが守れない」「連絡がない」「頻繁に遅刻する」みたいなことは「叱る」を先送りしたところで、必ずどこか別の所で話にあがりますし、結局改善しないまま最後に苦労をするのは当人になります。

最初は実践できていなかった時期もありましたが、徐々に条件反射のように「叱る」を実行できるようになっていきました。

ずっと先も見据えて、チームをもっと拡大していくためには「育てられる人を育てる」みたいな動きが必要だったので、自分の姿勢と同じ温度感で後輩に接することができる人になってもらえるよう、特に力を注いでいた部分でもあります。

宮崎オフィスのフロント業務

宮崎オフィスには当初、私含め役職者が2人しかいなかったので、クリエイティブ以外の対応をさせて頂くことも多々ありました。

役職を頂いた直後からひたすら言われ続けたのは「宮崎としてのアウトプットを出してほしい」という内容でした。

非常にざっくりしておりだいぶ悩みました。要するに、中身は任せるが宮崎オフィスとしての取り組みや成果を見せろという意味合いで解釈し、色々な企画を考えてチャレンジさせて頂きました。

現状でも続いていますが「職種関係なしで週1回合同の朝礼をする」というものだったり、「宮崎オフィスを良くするための企画コンペ」を立案し、仕組みからコストまで練って承認を頂き、実行したこともあります。

上記のコンペで採用された「オフィス主催の採用イベント企画をする」というアイデアを元に、その後計4回のイベント企画が実施され、実際に採用まで実った事例も作れました。

忘年会の企画で、リーダー陣で変な衣装を着て、漫才みたいな感じで会の進行してみたりと、非常に泥臭い仕事が多かったですが、こういったことをリーダーが率先垂範で実行することに意味があると後々にわかってきました。

組織を動かすにはリーダーがまず動く、
率先垂範で人がやりたがらない地味で大変な仕事も実行し、
組織全体の「やりたくない」と思うことの当たり前レベルを下げる
指示するだけでなく、成功も失敗も苦労も一緒に経験する

こんな感じで考えるようになりました。

クリエイティブ部門のリーダーとして

組織上は東京に席を置いたまま宮崎に5年居たので、東京のクリエイティブ部門のリーダーとして、評価の枠組みを考えたり、業務連携の調整やフォローに入ることもありました。

宮崎/東京だと、業務は同じですが、組織のカルチャーに違いがあるため、両者を俯瞰的な立ち位置で見れていたのは勉強になりました。

宮崎の良さは、コミュニケーションや連携の厚さ、セクションに取らわれず何でもやろうというベンチャースピリット
東京の良さは、突出した技術力と、単独で最後まで仕事を遂行するのが当たり前というプロフェッショナル思考
かなと個人的には思っています。両者をうまくハイブリットできれば面白そうです。

フィードバック

大変だと感じたこと

「リーダー」というバイアス

想像しやすいところでは、役職を持たせて頂いたことで「リーダーなのに」「リーダーのくせに」的なバイアスがかかることもありました。私自信は役職に関心がなく、その有無に関わらずやれることをやるスタンスだったので、「そういうことじゃないだろう」という想いで当初はリレーション作りに苦しんだのを覚えています。

業務量

つらつらと書いてきましたが、ここまで多種にわたる業務を兼任で一斉に進める経験をさせて頂いた方は、グループ全社でもそこまで多くないと思います。
おかげで大抵の事案に対して、どういう経緯で動いているか等の察しがつくようになりました。

当時は複数かかえたプロジェクトのMTGが毎日10時間程あり、とてもじゃないですが他に何もできませんでした・・

そもそも「ブーノしかできない」という状態が良くなかったので、チームとして進めていけるように、持ち回りにする、担当を決める、自動化するなど、文化として自分が担っていた業務を存続させるための作戦を考え実行しました。

良かったこと

メンバーの成長や活躍が嬉しい

自分が動くより、司令塔として振り分けたりお願いしたりしたことをコントロールする動きの割合が増えていきます。その際、活躍してくれたメンバーのフィードバックを各所から頂けたりすることが何より嬉しかったです。どういう思いで入社して、どんな気持ちで今頑張ってるのかもある程度わかっているつもりなので、これまで苦労してきた努力が報われて良かった、と一緒に嬉しい気持ちを共有させてもらえるのが幸せでした。

自分の職種以外の仕事のことがわかるようになった

制作だけしていたら全然わからなかったと思いますが、チームのフロント対応、他の職種や部門・外部の方との関わりを通じて、今まで見えていなかった業務の背景や構造がある程度理解できるようになりました。よい判断をするには、決める材料になる情報が必要なので、リーダーとして接点が増えれば増えるほど仕事がしやすくなっていく感覚がありました。

Let’s Try

正直、書ききれないほど様々な経験させて頂きました。

東京は業務毎にセクションが整理されておりますが、宮崎のリーダーはそれよりも範囲がずっと広く柔軟でスピード感のある対応を求められるため、ものすごく大変ですが成長できる振れ幅に際限が無いと思います。

我こそは、という方。リーダーになるぞ、という気概で是非当社の採用にチャンレンジしてみてください!長い人生を乗り越える糧になるような経験が積めると思います。

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この記事を書いた人

ブーノ

長野18年→横浜6年→東京3年→宮崎5年→東京0年。アニメとゲームとスマート家電が趣味です。日本に名前を残す最高のクリエイターを目指しています。

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